聖プラクセディス

オランダの画家フェルメール(ヨハネス・フェルメール Johannes Vermeer)についてご紹介するサイトです。複製絵画、フェルメール関連書籍など。
当サイトは記事内にアフィリエイト広告を利用しています。
ヨハネス・フェルメール 作品を探す


フェルメール【聖プラクセディス】

フェルメール【聖プラクセディス】
Saint Praxedis
1655年
原画サイズ(101.6×82.6cm)
所蔵:バーバラ・ピアセッカ・ジョンソン・コレクション

 

1632年オランダ生まれのヨハネス・フェルメール。この作品に描かれているのは、聖プラクセディスで2世紀頃に生きた人物である。処刑されたキリスト教信者の遺体を清めることに努めたという。彼女は殉教者の血を含ませたスポンジを絞っている様子が描かれている。
本作品はフェリーチェ・フィケレッリ(1605 - 1669?) というイタリアの画家が10年ほど前に描いた『聖プラクセディス』の
写しと思われる。
聖プラクセディスは2世紀頃の人物で、処刑されたキリスト教信者の遺体を清めることに努めたという。
殉教者(絵の背景に見える)の血を含ませたスポンジを絞っているところを描いたものだが、彼女の表情からは穏やかな優しさが感じられる。
構図はフィケレッリの作品とほとんど同じであるが、聖プラクセディスがその手にスポンジとともにフィケレッリの原作にはない十字架を握っている点が異なっている。

フェルメール『聖プラクセディス』について

『聖プラクセディス』(オランダ語:*Sint Praxedis*、英語:*Saint Praxedis*)は、ヨハネス・フェルメールが1655年頃に制作したとされる油彩画で、現存するフェルメールの作品の中でも最も初期のものの一つです。この作品は、フェルメールの画業において極めて特異な位置を占めており、彼の芸術的発展を理解する上で重要な手がかりを提供しています。

 

作品の宗教的主題と歴史的背景

 

この絵画の主題は、初期キリスト教の聖女である聖プラクセディス(紀元1世紀後半から2世紀前半)です。彼女は、キリスト教徒が激しい迫害を受けていたローマ帝国時代に、殉教者の血を集めて埋葬し、遺体を丁重に弔ったことで知られています。絵画では、聖プラクセディスが赤い衣装をまとってひざまずき、十字架を手にしながら、殉教者の血をスポンジで吸い取り、それを壺に注ぎ入れている神聖な場面が描かれています。

 

この宗教的主題の選択は、17世紀のオランダという文脈において注目すべき点です。当時のオランダはプロテスタント国家であり、カトリック的な聖人崇拝よりも日常生活を描いた風俗画が主流でした。しかし、フェルメールの住んでいたデルフトには依然としてカトリック信者のコミュニティが存在しており、フェルメール自身も後にカトリックに改宗したことから、この宗教的主題への関心は彼の個人的な信仰的背景と深く関連している可能性があります。

 

芸術的特徴と技法的分析

 

『聖プラクセディス』は、フェルメールの後期作品で見られる洗練された光の表現や繊細な色彩とは明らかに異なる特徴を示しています。全体的に暗い色調で統一されており、聖女の鮮やかな赤い衣装が画面の中で強烈な印象を与えています。この赤い色彩は、殉教者の血という主題と象徴的に呼応しており、作品全体の宗教的な厳粛さと神聖さを強調しています。

 

技法的には、まだフェルメール特有の精緻な光の魔術は完全には確立されていませんが、聖女の顔に当たる柔らかな光の処理や、衣装の質感の描写には、後の傑作群につながる才能の萌芽を見ることができます。特に、白いベールの透明感のある表現や、金属製の壺の光沢の描写には、フェルメールの卓越した観察力と技術力の片鱗が表れています。

 

イタリア絵画からの影響と模写の関係

 

この作品の構図や色彩の使い方、宗教的主題の扱い方には、イタリア・バロック絵画、特にカラヴァッジョ派の画家たちからの強い影響が見て取れます。暗い背景から浮かび上がる人物の劇的な表現や、光と影の強いコントラストの使い方は、当時のイタリア絵画の典型的な特徴を反映しています。

 

特に重要なのは、この作品がイタリアの画家フェリーチェ・フィケレッリ(Felice Ficherelli, 1605-1669年)による同名の作品を模写したものであるという点です。これは、若きフェルメールが他の画家の作品を研究し、異なる様式や技法を学んで自身の技術を磨いていた過程を示す貴重な証拠となっています。この模写という行為は、当時の画家の修業過程においては一般的なものであり、フェルメールの芸術的成長の一段階を物語っています。

 

真贋論争と学術的研究の進展

 

『聖プラクセディス』は、長い間フェルメールの真作であるかどうかについて激しい学術的議論が続いてきました。その主な理由は、フェルメールの他の作品とは明らかに異なる様式的特徴を示していることでした。フェルメールの代表作のほとんどが日常生活や市民生活を描いたオランダ風俗画であるのに対し、この作品は宗教画であり、しかもイタリア美術の影響が色濃く現れているからです。

 

しかし、近年の技術的分析や美術史研究の進展により、この作品がフェルメールの初期作品として位置づけられることが一般的になっています。絵画の右下に確認できる「Meer」という署名と「1655」という年号は、フェルメールの作品であることを示す重要な証拠の一つです。さらに、科学的分析により、使用された顔料の組成や技法が、フェルメールの他の初期作品と一致する特性を持つことも確認されています。

 

フェルメール芸術史における意義と位置づけ

 

『聖プラクセディス』は、フェルメールの芸術的キャリアの出発点を示す作品として、美術史上極めて重要な位置を占めています。この作品の存在により、フェルメールがいかにして宗教画から出発し、やがて光と色彩の魔術師として知られる独自の様式を確立していったかを理解することができます。

 

若きフェルメールが宗教的主題に真摯に取り組み、同時に光と色彩の表現を模索していた姿は、芸術家としての彼の真摯な探求心と天性の才能を物語っています。この作品から、後の『真珠の耳飾りの少女』や『牛乳を注ぐ女』といった傑作群への発展の軌跡を辿ることができ、フェルメールの芸術的成長の過程を具体的に理解することが可能になります。

 

結論

 

『聖プラクセディス』は、フェルメールの知られざる初期の才能と、彼がどのようにして独自の芸術スタイルを育てていったかを示す貴重な作品です。宗教的なテーマとイタリア美術の影響が融合したこの作品は、フェルメールの幅広い芸術的関心と、後の傑作へとつながる基礎的な技法や美意識の形成過程を知る上で不可欠な存在となっています。17世紀オランダ絵画の巨匠となるフェルメールの原点を示すこの作品は、今後も研究者や美術愛好家にとって重要な研究対象であり続けるでしょう。

ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)

1632年〜1675年

フランドル派

ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)

1632年オランダ生まれのフランドル派ヨハネス・フェルメール。

彼の生涯作品は35点ほどであると言われており、極端に少ない。

彼ははじめ物語画家として出発したのち、風俗画家に転向。

彼の作品の特徴として挙げられるのが、「フェルメール・ブルー」といわれる青色絵の具を使っていること。

当時金と同じくらいの価格で取引されていたという鉱石ラピスラズリを原料とする貴重な絵の具を、数少ない生涯作品のうち、24点もの作品に使っていたという。

絶対王政時代の17世紀ヨーロッパ。オランダは王を戴かず、経済の力で大国になった。海洋貿易、軍事、科学技術で世界を牽引し、文化・芸術も大きく花開いた。

 

「他国では王侯貴族や教会の占有物だった絵画が、フェルメールの生きた十七世紀オランダでは庶民の家の壁にもふつうに飾られていました。

フランス印象派より二世紀も先に、庶民のための芸術が生まれていたのです」(あとがきより)

 

フェルメール、ハイデンの風景画からは市民の楽しげな暮らしが見て取れる。

レンブラント、ハルスの集団肖像画は自警団の誇りと豊かさを、

ロイスダールの風車画はオランダ人の開拓魂を、

バクハイゼンの帆船画は東インド会社の隆盛と経済繁栄を伝える。

ヤン・ブリューゲル二世はチューリップ・バブルに熱狂した意外な一面を描き、

ステーンが描く陽気な家族からは、人々の愉快な歌声まで聞こえる。

 

フェルメールが生きたのは、こんなにも熱気あふれる“奇跡の時代”だった。

人々は何に熱狂し、何と闘い、どれほど心豊かに生きたかーー15のテーマで立体的に浮かび上がる。

 

『怖い絵』著者・中野京子が贈る《名画×西洋史》新シリーズ誕生!

 

絵画40点フルカラー掲載。

 

2022年開催『ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展』で来日中の『窓辺で手紙を読む女』の修復前後の絵も収録(「手紙」の章)。

本書を読むと、美術展の楽しみも倍増です!