アイテム詳細
ジェネオン エンタテインメント
グループ:DVD
ランキング:37302
価格:¥ 3,990
発売日:2007-04-25
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カスタマーレビュー ![]()
ノスタルジックな傑作(ドン・ジエのファンにオススメ)だが、後味が悪い・・・。
(2008-04-27)
賛否両論あると思いますが、
自分的には、最高に面白い作品でした!!
口の訊けない、少女
耳の聞こえない、青年
目が見えない、オジさん
3人が、
高い山の麓の村で、共同生活をする。
こんな事は、常識的には有り得ませんので、共感して 泣ける作品とは違います。
現代で有りながら、
高い山の麓の物寂しい村で、暮らしてる人々の生活
それに、ノスタルジックを感じて、自分的には、最高に面白い作品でした!
小さな中国のお針子+山の郵便配達+至福のとき を足して、3で割った様な映画です。
まあ、
『至福のとき』を、見て
ドン・ジエ氏ファンになった人なら、満足できる映画だと思います!!
至福のとき と、同じく『純粋な心』を持った少女を、ドン・ジエは演じてます。
て言うか、
至福のとき のヒロインが『そのまま』天上の恋人のヒロインとなった?
と思えるくらい、そっくりな純粋な少女(髪型もミツアミで、めちゃカワイイ)です。
ただ、
目が見える様になって、口が訊けなくなった、だけで『そっくり そのままの性格』です。
ちなみに、
正反対な性格の『淫乱娘』役で、
『2046』に、ホテル支配人の娘(次女)役で、出演してますので、チェックして下さい。
ラスト近くの、三人一体となって『会話シーン』でも、泣ける方は少ないと思います。
ですが、
Tシャツに『リウ・イエを探してる』と、書いて歩き回っているシーンは、ホロッと来ます。
声を出せないので、Tシャツに名前を書いて、ひたすら探し回ってる・・・。良い演出です。
最後の結末は、
賛否両論が有ると思います。むしろ『否』と感じる方が多いと思います。
が、
自分的には『ビックリ』させられ、物凄く『後味が悪く』それが、非常に良かったです!
これで、終わるのか〜!?。
非常に驚かされた状態で『エンドロール』に変わる。
そこで、また驚かされましたが、
そこには、見覚え有る、日本人の名前が・・・。
あの!元:松竹の、奥山和由がプロデュースした作品だったのか・・・。
角川春樹は戻って来たが、奥山和由は中国に渡ったのか?と、少し驚く。
でも、
振り返って見て一番驚いたのが、
ドン・ジエ氏の、一番最初の登場シーンで『オシッコ』してた所だな〜?
総評:後味が悪い!ノスタルジック作品で『非常に満足』でした。
良かったですが・・
(2007-04-29)
画面は美しいし、男女とも純粋ですが「初恋の来た道」のような感動はありませんでした。聴覚や発声に障害のある人の映画で優れたものはたくさんあります(「バベル」もそうでした)が、「天上の恋人」には共感に欠けるところがあります。村人の対応も「初恋の来た道」とは異なり、なぜ敢えて「勝利の方程式」を捨てたのか解りません。また、素人目に見ても、もっと盛り上げることができる(泣ける)と思われる場面が何カ所もあります。最後にこのエンディングでは監督が描きたかったことも解りません。
自然の中で強く生きるひとたちを描いた作品
(2007-04-28)
第15回東京国際映画祭コンペティションに出品され、2003年に『恋人』のタイトルで日本公開された映画。
障害を持ちながらも山村に生きる人たちの生活が、大自然を背景にのびのびと描かれていて、好感のもてる作品である。
耳の聞こえない青年を演じたリィウ・イエの屈託のない笑顔と、前に出る役柄ではないにしろしっかりと存在感のあるドン・ジエの好演が印象に残った。
風船が運ぶ大人のおとぎ話
(2007-04-04)
リウ・イエが聴覚障害のある純朴な青年、
ドン・ジエが口の利けない少女に扮した、
良くも悪くも既視感の漂う作品です。
「山の郵便配達」や「至福のとき」を見て
リウ・イエやドン・ジエに好感を抱いた人にはお勧めの一品です。
ちなみにリウ・イエが恋する村の小町娘を演じたタオ・ホン(陶虹)は
「ションヤンの酒家(みせ)」でヒロインを演じたタオ・ホン(陶紅)とは別人です。
村一番の美人役に相応しい綺麗な女優さんですが、
リウ・イエが少年と形容するには既に成長し過ぎている様に
彼女も少女と呼ぶのは少し無理がある気がします。
設定上の年齢は不明ですが、
彼女とリウ・イエとその他数人の幼馴染が
自転車や逆立ちなど子供らしい遊びに興じている場面にはかなり違和感を覚えました。
ともあれ、村一番の美女としてちやほやされ
自分の価値に多大な自信を持つ彼女は障害を持つ幼馴染のリウ・イエではなく
都会からやってきたインテリの獣医師に恋して積極的にアプローチします。
ここまでの展開は「初恋のきた道」を思わせますが、
ひたすら純情で牧歌的な恋愛模様が綴られる「初恋のきた道」に対し、
こちらの話では優柔不断で気弱な面を持つ獣医師は
肉体関係を持ち妊娠までさせた彼女を捨てて去ってしまいます。
妊娠した彼女を周囲は一転して白眼視し、
彼女を守ろうとする青年まで嘲笑の的にされて
村の子供たちが囃し立てる描写など
「純朴」「素朴」といった言辞で肯定し切れない農村の野卑な後進性も
この映画では意識的に描かれています。
冷酷な現実が物語を侵食していく中で、
利他的で献身的な少女の存在は一服の可憐な清涼剤の様な存在です。
リアリズムを放擲した結末が何を意味しているのか私には未だに理解できません。
ドン・ジエの様な少女が農村に降り立った時点で
一種のメルヘンとして受容すべき作品なのでしょうか。

