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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
グループ:DVD
ランキング:34881
価格:¥ 3,990
発売日:2007-03-16
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レビュー(Amazon.co.jp)
???「ティファニーで朝食を」などで知られる作家、トルーマン・カポーティの半生に迫ったドラマ。カンザスでの一家惨殺事件に興味を持った彼が、服役中の犯人に取材を試み、「冷血」として小説に書き上げるまでを描く。死刑を宣告された犯人を自作に利用しつつも、やがて親近感を覚えて戸惑うカポーティ。作品のために“冷血”になっていた彼が、死刑を前にした犯人の心を知る過程は、感動的でありスリリングでもある。
???本作最大の見どころは、フィリップ・シーモア・ホフマンの演技だろう。ゲイであることを隠さなかったカポーティを、高めの声で表現。電話の受話器をつかむときなど、つねに小指を立たせるあたりが笑える。一方で自分の作品のために卑劣になる男の姿は、ある意味、リアル。本作は人間のダークな本能にも焦点を当てているのだ。またカポーティの親友や容疑者などキャストのアンサンブルも見事。そして観終わった後も印象に残るのは、映像の数々である。野原に建つ家や、殺された家族の部屋など、その構図や、惨い状況に反した落ち着いた色づかいは、1枚の絵のように不思議な美しさをたたえている。(斉藤博昭)
カスタマーレビュー ![]()
圧倒される演技
(2007-09-09)
カポーティを演じるフィリップ=シーモア=ホフマンの演技に圧倒される作品。
なんだ?このカポーティは・・・と呆然と、しかしぐいぐい引き込まれていきます。
カポーティが「冷血」を完成させるきっかけとなった殺人事件を追いながら
殺人者との会話の中で互いに本物とも偽者ともつかぬ信頼を築き、真の結末を探ろうとする。
カポーティの不可思議な物言いや殺人者への態度、ネル=ハーパー=リーのカポーティへの
淡々とした、しかし愛情のある友人としての言動など、見所は満載。
結局「冷血」とは作家としてのカポーティを指していたように思えてくる作品。
これを観ると「冷血」を読んでみたくなります。
冷血が指すものはなにか
(2007-06-03)
ノンフィクションノベルという新境地を作りたいという執念で、
一家四人の惨殺事件を徹底的に取材し、
刑務所にいる彼らの懐に入り込み、彼らの生い立ち、
犯罪に向かわせたその心理状態までも詳細に
把握し、それを小説化させたトルーマン・カポーティ。
その道のりを映画化したのが本作。
犯人のひとりに対しては、なにか共通するものを感じ、
仕事を超えた感情でのめりこんでいく。
のめりこむものの、小説を書き上げる上で知りたいのは
彼らが一家を殺害したその日の様子。
だが、それを話そうとしない犯人。
ジレンマに陥るカポーティ。
死刑判決が下されても、いまだに話そうとしない犯人。
時間を稼ぐために優秀な弁護士をつけ、控訴に
持ち込ませ、執行を阻む。
だが、犯人から話を聞けない以上、
物語のラストを飾る刑の執行を待つほかない。
だが、そんな中でも執行延期が為され、
さらに追い詰められていくカポーティ。
その姿を、フィリップ・シーモア・ホフマンが見事に演じている。
繊細な心の動き、犯人を取材対象として接しつつも、
それ以上の感情を抱いた自分への戸惑い。
彼の処刑を望まない自分と、早く処刑され、物語を完結させ、
自らの名声を確かなものにしたいというしたたかな作家としての自分。
その狭間で激しく悩みぬいた結果、自らの人生を破滅に追い込む。
出来上がった「冷血」は、予想通り大絶賛を浴び、
この時代に存在しなかった「ノンフィクション」の分野が
彼によって確立された。
その功績は多大なのだが、それと同時に多くの大切なもの、
そして自分自身を見失ってしまった彼。
「冷血」とは、犯人の行為を指すと、映画の中でも
彼が答えているシーンがあるが、
「小説家として犯人に接している自分自身のことではないのか」
と相手から聞かれてもいる。
見終えて感じるのは、「冷血」はまさにこの後者を指すということ。
小説家としてのエゴのために、犯人の心理を巧みに操った
彼自身が「冷血」なのだ。
そこからは感動やら、悲しさやら、はっきりしたものは
なんら得られないが、見ごたえは充分。
嫌なやつばかり、でも見てしまう
(2007-05-28)
彼の真の代表作であるノンフィクション小説『冷血』の取材を題材にしたもの。
アメリカの田舎で起こった一家惨殺事件の
その原因(犯人の生い立ちや性格までを掘り下げる。)
から結果までを描いたその作品。
昔これを読んで、ノンフィクションの作品で
これだけ読ませるその筆力に大きな衝撃を受けたのだが、
この映画を見て、その裏でこんなことが
起きていたのかと改めてびっくり。
カポーティという人は以前から毀誉褒貶の多い人
だと知ってはいたけれど、
これほどまでに自分勝手な人だったのかという驚きと、
あの作品の細部にわたる怜悧な描写は
確かにこの人柄じゃないと書けないなとの納得が同時にやってきた。
主演のフィリップ・シーモア・ホフマンは
この人物の、実にスノッブでいやらしい性格と、
それでいてなぜか人をひきつける魅力と、
時にわれに返ったような純粋な苦悩など
分裂気味な精神を見事に演じきっている。
この事件の取材はその後の作家人生にも
大きな影響を与えてゆく。
そこらへんはぜひ映画でご確認を
芸術家の身勝手さと、その苦悩に感情移入できるか、
それとも辟易とするかはあなた次第・・・
ホフマンのカポーティが際立つ
(2007-05-15)
カポーティって、あんな変な話し方したり、酒場では、
酒びたりで下品で、よくしゃべるけど、作家としては
名声を得た紳士だった・・のか、どうだか。私は知りませんが、
とにかく、最初から最後まで、余計な?説明は省いて、乾いて
灰色っぽい構図と構成で淡々と話を進めていく演出手法。
とにかく、ホフマン演じるカポーティの姿と服装、話し方
が目に付いて、映画全体とか話の進展とか、途中から関心の
焦点から外れていってしまいました、正直。
あんまり説明もなにもないので、人間関係もよくわからないし、
残虐殺人死刑囚との心の交流の理由や、死刑執行が延期されるたびに
作品が完成しない、というようなカポーティの悩み?は、実際、
よくわかりませんでした。
とにもかくにも、ホフマンの奇抜な?演技に脱帽な1作です。
淡々とした映画だが何故か惹かれてしまう
(2007-05-05)
トルーマン・カポーティという名前はよく知っていますが、彼の小説は読んだことはありません。
「ティファニーで朝食を」を観たぐらいです。
この映画はおそらく原作を知っている人と知らない人で評価は分かれると思いますが、
原作を知らない私でも、何か惹かれる物がありました。
最初の方はフィリップ・シーモア・ホフマンのリアリティを追求した演技による、特徴的な
しゃべり方に辟易していましたが、だんだんと慣れてきて自然に感じることができました。
映画として、盛り上がるシーンもかなり抑えた表現になっており、映画というドラマチックな
展開を期待すると物足りなさは感じてしまいます。
それでいながら、実話という決定的な要素によって十分惹きつけられてしまいます。
また、映画の中で「冷血」の朗読会のシーンがありましたが、その表現力の素晴らしさに一度
小説を読んでみたいと思いました。
ただ、タイトル通りカポーティの人物像が表現されていたかどうかは疑問の余地がありますが、
アメリカ人にとってトルーマン・カポーティはもっと身近な存在なので問題はないのでしょう。

