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湯浅 誠

岩波書店

グループ:Book

ランキング:796

価格:¥ 777

ポイント:7 pt

発売日:2008-04

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カスタマーレビュー

人事ではない  (2008-08-24)
週に数冊の本を読んでいるが、この半年間で最もショックを受けた本。
「反貧困」というタイトルから、政策や利益追求のビジネススタイルを批判する本という先入観を持って読み始めたが、貧困を切り口として今の日本の姿を見せてくれる内容だった。貧困問題は政府の政策が悪いためだけではなく、日本人全員の選択の結果だということが淡々と語られており、貧困が他人の問題で無いことが広く知られる必要があると思った。

そのためにも、特に世論に影響を与える人たちには、是非この本を手にとって欲しいと思うし、そういう意味では「反貧困」というタイトルから先入観を持たれないよう、次の作品は、日本の将来や国力に影響する根本的な問題を論じた内容だと分かるタイトルをつけて欲しいと思う。

湯浅さんの社会貢献止まりになりそうな内容  (2008-08-11)
貧困問題をより多くの人に考えてもらう為に、今日本が置かれている現状をつぶさに分かり易く書いてはいる。が、湯浅さん自身はお金に執着しない人に思うのは、滑り台のようなこの社会で落ちないためにしがみつく人の気持ちは理解出来ていない。
生活保護とか生活扶助基準とかに対し自己の問題として内包出来ないのは、その金額で生活する自分が考えられないし、許せないことだと考える人がいることを湯浅さんは念頭に置いてないからだ。弱者でもある貧しくて困っている人に、お金に執着しない高い頭脳をもった湯浅さんが手を差し伸べるのは、素晴らしい社会への貢献だと他人事に思う人まで動かせる本になっていない。

タイムリーな貧困論  (2008-07-11)
この10年間ほどでこの国の貧困は一気に進んだ。貧困はふつう見えにくい。しかし、ホームレス、非正規雇用従業者、生活保護世帯、ネットカフェ難民の増加は顕著であり、貧困のシグナルは点滅している。特別のわけありの人が貧困に追い詰められるのではなく、「今現在就労しているにもかかわらず生活していけない」人が増えてきている。セーフティーネットは三層(雇用ネット、社会保険のネット、公的扶助のネット)がどれも綻んでいる。とくに最後のネットといわれる生活保護のネットが破綻しつつある。ネットは破綻し、それゆえに一端貧困の道に入り込むと最低ラインまですべり落ちていく。著者はこのような社会を「すべり台社会」と命名する。また「溜め(深刻な衝撃の緩衝となるもの)」のない社会と規定する。問題はこの貧困の実態を認めない政府の姿勢、あるいは貧困のなかにある人々を自己責任論でさばく社会の風潮である。貧困という社会問題を解決するスタートラインにさえ立っていないのが日本である。筆者は現状を批判するだけでなく、改善のために反貧困のネットワーク活動(NPO法人自立生活サポートセンター「もやい」)に取り組んでいる。生活保護申請支援、居場所づくり(相互交流)、憲法25条、生活保護法に照らしての最低生活費を守る闘い(厚生労働省との)等々。その意味で反貧困の広範なネットワークづくりを呼びかける著者の提唱は重く受け止めなければならない。

誰にでも人間らしく平等な社会を  (2008-06-21)
環境から受ける要因を考えずに貧困は全て自己責任に帰結するのはあまりにも横暴すぎると思います。


「多くの資本を投下されたものが、望ましい効率性を身にまとい、市場で生き残り、そこで蓄積された富が次の効率性を生産する。企業は国からさまざまな優遇処置を受けて、子は親から高い教育費をかけてもらって、初めて市場的な優位を獲得している。

その結果、生まれた時からスタートラインが異なるという「機会の不平等」が存在し、セーフティーネットの崩壊と生活保証なき自立支援がそれに追いうちをかけている。」
P211より抜粋


貧困に陥りやすい要因をもって生まれて、なおかつ有名無実のセーフティーネット(あるにはあるが穴だらけで引っ掛からない)。
さらには貧困ビジネス(貧困層を食い物にしたビジネス)がより一層貧困からの脱出を困難にしている感じがします。

これでは滑り台社会どころか「落とし穴社会」 とすら思ってしまいます。穴の下に落ちれば、貧困ビジネスというアリジゴクが貧困からの脱出を邪魔しています。


一度道をあやまれば貧困まで一気に落下。
あげく貧困は子どもの教育機会を奪い、さらに貧困を継承させていく。

資本のない人には、人間らしい生活もさせず(水際作戦とかいう役所の対策により)、その子どもの未来までも奪う。

一体なにが自己責任なのでしょうか?


貧困家庭の子どもは、お金がなければ高い教育がうけられないので学びたくても学べず低学歴で社会にでなければならない。学ぶ機会をとり上げられた上、セーフティーネットには引っ掛からずに貧困を継承する。
さらにその子どもの世代も・・・


その子たちに向かって貧困は自己責任だなんて言葉を言えるハズがない。

見えない貧困がようやく見えてきた  (2008-06-19)
2006年6月、総務大臣であった竹中平蔵氏は「大問題としての貧困はこの国にはない」と言い切った。2007年末、彼は貧困の調査と対策をはじめて口にする。こうしたほんの数年前までの貧困への無理解は、竹中氏特有の問題ではなく、多くの日本人の共通した感覚を代弁したものに過ぎない。貧困の静かな拡大に、多くの日本人は気づかず、一部は気づかないふりをしてきた。政府は貧困に関する調査を本格的には行っていない。これは、「経済大国」「一億層中流」「平等の国」といったドグマに、多くの日本人が縛られていたことを意味している。
そして、安易な自己責任論が、努力しても貧困から抜け出せない人を、さらに「努力が足りない」と突き放し、彼らから生きる活力を奪っている。本書によれば、頼みの綱であるはずの生活保護も、窓口が「申請させない」ことを目標とした対応をしている。これから、政治は誰を守るのか、本書は強く問うている。
メディアの中で語る人の多くは成功者である。成功者は自分の成功を「運がよかった」とは決して言わない。全ては自分の才覚、自分の努力の賜物だ。彼らに「貧乏な人」は見えても、「社会問題としての貧困」は見えない。メディアのスポンサーは大卒社員がほとんどの大企業だ。いきおいメディアには自己責任論があふれ、貧困に苦しむ人は発言する機会を奪われたまま、次の世代にまで貧困が引き継がれ、身分制のように階層が固定化している。
もはや貧困は片隅の問題ではなくなった。貧困によって貧困層同士の対立、政治や企業の不信を産み、日本を、支えあうことができない社会へと変貌させつつある。誰もやりたがらないけれど誰かがやらなければいけないことを、著者達は続けている。

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