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松竹ホームビデオ
グループ:DVD
ランキング:21943
価格:¥ 2,800
発売日:2007-06-29
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カスタマーレビュー ![]()
三部作だが
(2008-01-20)
「武士の一文」のレビューで、引き合いに出してるのをよく見たので、
遅ればせながら拝見させて頂いた。
これで三部作すべてを見たんだけど、重複して出演してる俳優が多いんですよね。
チーム山田って感じ。
そのチーム山田が、「寅さんシリーズ」撮ってたというのを最近知りました。(汗)
武士三部作にも見られる、ほのぼのとした笑いは、そこから来てたのかと納得。
さて、
今回の主役、永瀬正敏なんだけど、
これ見るまではどうも印象が薄かったんですよ。
小泉今日子の元旦那という認識あるだけで、演技見るのは今作が初めてなんだけど…
良い役者じゃん?!
なんでもっとメジャーな作品に出ないのか(より好みしてるのか?)不思議に思ったくらい。
ヒロイン役は、松たか子。
着物が似合うし、笑顔が可愛かったなぁ〜
彼女の存在なくして、この映画は成立しなかったのでは?
解り易い時代劇です。
気になってる方は是非!
個人的に満足
(2007-11-02)
世間的には「たそがれ清兵衛」の方が評価が高いのでしょうね
僕もたそがれの方が好きなんですけど これはこれで中々良いです
最後に永瀬正敏が鬼の爪でさっとやるシーンも凄く良い
個人的にすごく満足できた映画です
其の後200年が過ぎて、例の「倫理規範体系」は如何為ったのか。
(2007-10-07)
「其の後」と言うのは、17世紀前半を
舞台にした、仲代達也主演の『切腹』で
あり、其の時代の「武士道」が、
200年以上過ぎた、1860年代初めには
どうなったのか、と言う意味である。
本作の舞台は、山田洋次が監督した
前作の時代劇『たそがれ精兵衛』と
同様、幕末の東北である。
さて、『切腹』では、仲代に
「人を斬った事の無い剣術等、
所詮は、畳の上の水練」と
哂われた、太平の世の剣術だが、
本作の主人公の永瀬は、
「手入れをする時以外には、
刀を抜いた事も無い」との事である。
トクガワ・サムライ・ガバンメントが
近世日本に齎した250年間の平和は
結局の所、「鳩時計を
生み出しただけだった」。
時代は、既に1861年、アメリカ市民戦争が
始まっていて、初期タイプのガトリング・ガンが
実戦運用されている。
主人公の永瀬を始めとする
数十石の禄高の下級武士達は
「藩命」により、西洋式の
「軍事操練」の訓練を受けている。
「砲術」に始まり、西洋式の
「行進」、更に「ナンバ歩き」や
「ナンバ走り」を矯正して、
西洋式の走法を身に付けるのに
豪い苦労をしている有様。
更に、永瀬達にとって、重要な問題は
「社会共同体」内部での、
自分の立場であり、士農工商の
身分制度の手前、主人公永瀬は
互いに想いを寄せる、松たか子
と、「自由恋愛」も「自由結婚」も
出来ない。前作『精兵衛』が、
経済的事情で、禄高の低い下級武士の
真田広之が、百石程度の武家の娘である
宮沢りえと、最後の最後まで、
結ばれなかったのと、比べると、
永瀬の方は、まだ、経済的な余裕も有るし、
身分を言うならば、武士の娘ではなく、
農民の娘の松たか子にとって、
貧乏暮らし自体は、別段、如何と言う事も無い。
では、一体何が、問題なのか。事は非常に単純であり、
単なる「共同体論」的問題に過ぎない。
コミュニティの中での自分達の
ポジションが、他の共同体構成員に
認められるか如何か、と言う様な、
近代ならば、殆ど問題に為る事の無い
「身分を超えた恋愛」が、「一寸した
泣かせる話」に為って居ると言う
其れだけの事。要するに「世間様の目」
って奴を気にし過ぎているだけなのだが、
そう言う「前近代性」に、まだ
ノスタルジーを感じている日本人が
多いらしい。『精兵衛』が、『国家の品格』
の路線だとすると、此方は『バカの壁』の
路線か。
「剣の決闘」のシーンは、長くなるので
このレヴューでは割愛するが、タイトルにある
「鬼の爪」は、戦国時代に実戦で用いられる様な
代物では、丸で無かった。
此れは、言うなれば「特殊な暗器」に
拠る、非常に洗練された暗殺法であり、
刃渡り数センチ程度のナイフと
同じく、「近接戦」でなければ、
用を為さない。此れで、主人公の永瀬が、
家老の緒方拳を一撃で倒すのだが、
若しも、実戦でこの位の小刀を
使うのならば、鎧甲冑の隙間を
衝いている暇など無いので、
普通は、頚動脈を切る。敵が馬上に
居る等、間合いが遠すぎる場合は
別だが、近接格闘戦ならば、
敵が鎧を着ていても、首の周りは
隙だらけなので、頚動脈を狙うのは
必定である。しかし、この映画では
戦闘の「場所が場所」である。城内の廊下で
緒方拳の頚動脈を切ったら、
辺り一面血の海になるし、
永瀬本人は確実に返り血を
浴びるだろう。其処で、「鬼の爪」の
出番である。幸い、太平の世が続いた
自分の藩内の城中なので、
緒方拳は甲冑などは付けては居ないし、
油断し捲くりであり、永瀬との
距離にして、数十センチの所まで
近づいて来てくれる。永瀬は、羽織袴だけの
緒方拳の心臓を、ピンポイントで
衝くのだが、「鬼の爪」の
構造上の特殊性と、永瀬の「衝き」の
訓練の賜物で、緒方拳の胸には
出血らしい出血が、殆ど無いまま、即死に
至らしめる。
此処で描かれているのは「暴力の洗練」である。
「社会的な場」を超えた所で
実行される、純然たる「力」が、
如何なる精錬加工も施されては居ない
「純粋なる『原』暴力」であるのに
対して、或る「文化的なコード・システム」に
支配された「社会的構造体内部」では、
其の「記号体系」に基づいて
ソフィスティケイトされた
「記号的暴力」を実行しなければ
為らない。関が原以前の戦国時代から
比べれば、江戸末期日本の社会自体の
成熟とも考えられるし、観客の中には、
「此れでは、藤枝梅安と
同じ。」と受け取る者も居るだろう。
しかし、この映画の時代は
『仕掛人梅安』よりも、更に
後なのだから、19世紀後半の
「文化的な場で行われる『戦闘』」と
言うものが、この位洗練されているのも、
当然かも知れない。
何れにしろ、映画前半場面で
「時代状況」を田中邦衛に語る
永瀬の台詞の中に
「源平以来、700年に
亘り、刀と槍、弓矢しか使わない
戦闘を、ずっと続けて来た」
と言う言葉が、有るとおり、
カノン砲や、ライフル銃、
そして最初期の重機関銃も
実用化されている1860年代の
戦争が、片方に有り、もう
片方に、西洋諸国が既に実際に戦っている
「生の戦争」とは異なる、鎖国社会日本の
極めて特殊な状況下で戦われる
「文化的洗練を受けた江戸末期の『戦闘』」が
有ると言う「二重写し」の
「幕末期日本」を描いた映画だが、
もう一つ、「剣での果し合い」と言う
17世紀初頭の戦闘形式まで、
絡んで来るので「三重に錯綜した
1860年代近世日本の『戦争の絵姿』」が
描かれているとも言える。
そして、最も重要な事は、この
「トリプル・シゾフレニック」な
戦闘を、主人公の永瀬、詰まり、
「一人の人間」が、3つの次元で
重層的に「戦う」と言う事である。
恋愛や人間関係は、「前近代的」で
単純極まりないし、山田洋次と言う人は
「悪人を描く事が、殆ど出来ない」らしいので、
兎に角「時代状況と『戦闘』」の
部分が、「錯綜的」と言えるほど
複雑な描き方・・何しろ、700年分を
圧縮して描こうとしているので
当たり前なのだが・・其れが、滅茶苦茶な
「複雑さ」を提示しているのに対して、
人間関係を中心としたドラマトゥルギー部分は、
すっげーシンプルなのである。
藤沢周平映画の最高峰
(2007-08-24)
「武士の一分」までの一連の藤沢周平映画の中で、この「隠し剣 鬼の爪」がベストだと思う。
まずなんといっても、ヒロインの松たか子が素晴らしい。「女性の品格」という本が売れる
現代だが、このきえという女性は「品格」よりもっと大切な何かを仄かに薫らせ、愛おしい。
また永瀬正敏も良い。各作品の主人公の中でも、飛び抜けストイックで無駄な動きもなく、
田舎の小さな藩の下級武士という感じが一番する。
緒形拳も、各作品の悪役の中で最高のワルである。(最悪のというのが正しいのかな?)
監督は山田洋次でないが、「蝉しぐれ」ではとても善い人だったのでその落差が面白い。
さらに、タイトルは勇ましいが、立ち回りの時間は短くそれでいて深く印象が残るシーンだ。
後から思うと、こういう題名を付けてしまう事はリスキーだが、そうでないと見逃すほどだ。
いささか書き過ぎてしまった。
もう一度言う。松たか子のきえは邦画史の1ページを、ひそやかに飾るヒロインである。
「たそがれ」同工異曲、味わいはこちらが上
(2007-06-12)
同じ藤沢周平原作「たそがれ清兵衛」の同工異曲といっていい。このことから二番煎じ、亜流の非難がある。しかし考えてみてほしい。あの世界の巨匠小津安二郎は、そのほとんどの作品が同工異曲ではないか。ファンはその中から微妙な味わいで「晩春」派、「麦秋」派、「秋刀魚の味」派等存在する。たとえばこの3作はほとんど同じプロットだが、これらを似ているといって非難する人を私は知らない。「隠し剣 鬼の爪」が「たそがれ清兵衛」に似ているだけで貶められる風潮は、たいへん残念だ。私自身は作品の味わい、タッチにおいて「隠し剣」のほうが好きだ。
私は「たそがれ清兵衛」も大好きだが「隠し剣」がもっと好きな理由をつきつめると、きえ(松たか子)にたどり着くように思う。
こういうタイプを好きになるとは、お前は男尊女卑派かといわれそうだが、理屈抜きにきえはいとしい。普通の庶民男子が理想としてきた日本女性の核心に近い存在ではないか。そのことがいい悪いは、おいておく。
「たそがれ清兵衛」を見る前、宮沢りえは明らかに嫌いな女優だったが、この映画を見てイメージがガラリと変わった。松たか子はデビューした頃、ちょっと好きだったが「隠し剣」を見る前、あまり関心がなかった。しかし「隠し剣」を見てから最も好きな女優になってしまった。
きえのことばかり書いたが、永瀬正敏も素晴らしい。実は彼の主演映画を見るのはこれがはじめてだった。しかし男が惚れそうになるほど魅力的で、しかも演技がうまい。こんなにうまい役者だったのかと感嘆した。
山田洋次監督の職人技も素晴らしい。黒澤監督も構図の一つ一つに絵的美しさを求めていたが、この作品にもそれがある。庄内地方のやわらかく素朴な方言、人工照明に頼らず、自然光中心の撮影、江戸時代の夜間の室内の雰囲気等、実にいい。日本の美しさをいたるところに再発見できる。
エンターテイメントと味わい深い日本情緒がうまく両立している。日本映画史上屈指の名作だと思う。

