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文芸春秋
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作家の力量
(2008-06-30)
風景描写が素晴らしい。精緻な文章とはこうゆう文章を言うのだと思えた。
純粋な文章の表現力に驚くことは少いが、GWに実家で父親の本棚にあったこの作品に驚いた。ファンが多いのは知っていたが、藤沢周平が優れた作家であると遅ればせながら知った。
主人公は江戸時代、北国のとある藩の下級武士の子である。当時の武士の子弟は儒学や剣術に励み、将来の官吏としての修行に励む。幼少から主人公は剣に抜群の才能をみせる。
藩の権力争いによる父親の横死などの困難に耐えながらも友情や剣術に励む姿が描かれる。その話の展開は無駄が無く、無理が無い。
奇抜な展開で構成された小説と対極に位置するような、丁寧な描写と無理の無い展開による構成は同時に強い説得力とリアリティを持つ。
主人公は平凡な半生を送るのではない。しかし、抜群の剣の腕前を持ちながらも、やはり主人公は普通の人間であり、藩という組織の内部抗争に翻弄される下級武士である。剣は主人公を助けるが、主人公を超人にはしない。
主人公は良い結末を迎えるが、読後に残るのはやはり切なさである。不幸な結末となった人々や藩という組織の非常さ、抗いようもない下級武士の悲哀、過ぎ行く少年期、それらに対する緻密な描写が主人公の活躍があっても心躍る物語ではなく、切ない物語にしている。
印象的な場面が多々ある。
冒頭の自然描写。
物静かな父が大声を上げて進言し、その確固たる良心に日頃の尊敬の念を深めた場面。
主人公が死罪となった父に思いを伝えられなかったことを悔やむ場面。
刑死した父の遺体を荷車に載せて牽く主人公の描写。
先輩の官吏に従って野山に分け入って農村を巡り、稲の作柄を相談する場面。
上げればきりがないが、精緻な文章がそれぞれの名場面を表現しており、それらが無理のない展開で連なっている。
それぞれの名場面の描写はおそらく、作者が相当の労力を掛けて書き上げた労作と思われる。そう思えるほど良く練られており、緻密である。
追記:他の作家と比較するのは無意味かも知れないが、史実を題材にしたフィクションである時代小説が多いなかで、藤沢周平の作品は架空の話を題材にしたノンフィクション(???)と称したくなるリアリティがある。
それは読者があらかじめ持っている登場人物に対するイメージ(自分なりの信長像など)や史実であるという前提による存在感(≠リアリティ)などに依拠することなく構築される世界のリアリティであり、これはひとえに筆者の緻密な時代考証と自然な描写による。作家の力量というものを思い知らされる作品である。
どっしりとして歴史小説
(2008-06-14)
藤沢作品を初めて読んだ。
文章の流れがきれい、剣での戦い場面はグイグイ引き込まれるような表現、主人公とその周りの人たちの言葉、ストーリーの進め方
脇目もせず、どっしりとして大河小説のような安心して読める歴史小説ですね。
これまで、有名な歴史上の人物の歴史小説を読んできたが、蝉しぐれのような歴史小説もとても面白いのですね。
落ち着いて読むには、藤沢作品はとても良いと思います。
まだ読んでいない人は
(2008-04-13)
この小説を表現できる言葉が見つかりません。
何度も何度も、繰り返し読んでいますが、そのたびに新たな感情が涌き起こってきます。
ただストーリーのおもしろさに酔うのではなく、語られる言葉のひとつひとつを、
味わってみたくなる。
まだ読んだことのない方は幸せかもしれません。
これから素晴らしい世界を味わうことができるのですから。
一途さの美しさ
(2008-04-01)
「単純」という言葉はあまりよい意味では使われないが、単純であることを、私は男の美しさと思っている。単純さは一途さであり信念である。決して華やかではないが、雑音に惑わされずに立っていることのできる男を、藤沢周平は好んで書いた。私もまたそういう男を美しいと思う。
大河小説と呼ぶべき藤沢文学の傑作
(2008-03-13)
東北の小藩を舞台に、文四郎と言う若き藩士を中心に、青年達の友情と成長物語、藩の中の権力争い、剣の道、そして藩の点描を大河が流れるように悠揚迫らぬ筆致で描き切った傑作。藤沢文学の代表作と言っても良い。
冒頭で藩の地理が繊細に描かれ、読者を自然に物語に引き込む。剣豪の道を歩む事になる文四郎の幼友達として、調子が良いだけに見えるが実はしっかり者の逸平、学問に秀でた予之助を配しているのも巧み。三人の友情物語が話を支える一本の柱である。冒頭では三人は15才程度。ここで、聞こえる「蝉しぐれ」は読者に子供の頃の夏の日を思い出させる。藩の勢力争いのせいで文四郎の父が切腹、文四郎の家の禄も減って苦難の道を歩く文四郎。また、文四郎を慕う隣家の娘"ふく"が江戸に旅立つ際、会えなかった事を後悔する文四郎。物語は名誉回復と"ふく"への想いを確かめるための文四郎の生き様を描いたものとも言える。不遇の文四郎は剣の道に励み、遂には道場対抗の試合に出るようにまでなる。この辺の対決シーンの迫力は凄い。「秘剣村雨」などどんな技かワクワクする。そうかと思えば、逸平に誘われて行く色街の居酒屋の酌女や文四郎が村回りで会う農民なども活き活きと描かれている。雨、風、田の様子など自然描写も物語に溶け込んでいる。まさに硬軟自在である。そして、"ふく"が藩主の側室になり、"お福さま"となる。これをキッカケに藩の権力争いが再発し、文四郎は...。
結末で壮年となった文四郎は再び「蝉しぐれ」を聞く。あの日を思い出す「蝉しぐれ」でもあり、来し方行く末の長さを噛み締める「蝉しぐれ」であろう。時代小説と言う枠を超え、大河小説と呼ぶべき藤沢文学の傑作。

