ジェラルド M. エーデルマン
冬樹 純子
豊嶋 良一
小山 毅
高畑 圭輔
草思社
グループ:Book
ランキング:67461
価格:¥ 1,890
ポイント:18 pt
発売日:2006-12-01
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心身問題への応用の幅の広い解答、「ダイナミック・コア仮説」
(2008-08-07)
ノーベル賞学者エーデルマンの長年の脳と意識についての持論をまとめた本。
それほど分厚くはないが、中身は濃い。
彼の論、「ダイナミック・コア」説を簡単にまとめると
「主に(すべてではない)視床ー皮質系の内部で、再入力によってダイナミックに変動しながら相互作用するこの機能クラスターを「ダイナミック・コア」と呼ぶ」(p90)
ということだ。
そしてこれが、意識にほかならない、としている。
ダイナミック・コアは、部分部分は順次変化し続けるが、全体は統一されているという意識の性質を満たしている。
我々が現象的に感じる「あの感覚」は、ダイナミック・コアにほかならないが、より高次の観点からみたものである。
そのため、物理的な手法で、現象的な「あの感覚」を直接に説明することは出来ない。
科学者は意識の機能を説明するまでだ。
彼の論は、心の哲学でいけばサールやチャーマーズあたりとよく整合すると言えるだろう。
意識は脳状態にほかならないが、三人称的手法ではとりこぼすというのは、まさしくサールの生物学的自然主義にほかならない。
意識をより高次な視点、とするのも、サールの考え方と合致する。
また、意識と脳とを非還元的な付随という関係で捉えるのは、チャーマーズの手法と似通っている。
なお、エーデルマンは哲学的ゾンビを不可能だとしているが、それはエーデルマンが論ずる地平が自然的な付随だからである。チャーマーズのいう哲学的ゾンビの可能性は、論理的な付随に対する反論だから、この二者は矛盾ではない。
心の哲学の見解ともかなり整合的で、また妥当性の高い仮説だといえよう。
また、細かい点については深める余地がかなり幅広くあり、そういう意味では脳科学的には応用の幅も広く残されているといえよう。
タイトルはなかなか詩的であるが、なかみはどうして、正攻法に意識を説明する著者の持論を展開した本。
(2007-10-24)
著者は1972年に「免疫抗体の化学的構造に関する研究」でノーベル医学・生理学賞した科学者。その後研究対象を変え、脳科学に進化論の視点を導入、1987年には「神経細胞群選択説(TNGS)=神経ダーウィニズム」を提唱した。この本ではこの説に1998年に提出した 「ダイナミック・コア」仮説を加えて著者の説が説明される。
TNGSで説明がつく、で全篇まとめてあり、他の仮説等の紹介や反証、実証的な実験結果などにはあまり触れていないので、完結でまとまりは良いが、「一方的」な感じは否めない。しかし、著者の持論を知るには簡潔で良い。訳者あとがきにもあるとおり著者の仮説は概観的で柔軟な仮説なので、最近一般向けの本も増えた脳科学系の研究の位置関係などを見通すてがかりにもなる。
一般向けに読みやすくしようとするような余計なたとえ話もなく、まっすぐに主題を追いかけていく文章は、とはいっても難しい言葉をできるだけさけ、簡潔でわかりやすい。特殊な用語の説明はかなりのページ数を使って巻末にまとめてあるのも良い工夫である。
簡単な図だけを使った説明は、脳の中で情報がどのように巡り、影響しあっているか、ダイナミックなイメージを読んでいくうちに作り出してくれる。「幾つかの部分の活動が重なり合い、変化しながら全体では一つの状態を保っている」というダイナミック・コアのイメージは意識だけでなく、生物種や文化など、さまざまなものに活用できそうである。こんなところにも著者の仮説の柔軟さ、広範さが感じられる。
気になったのは、何箇所か「コンピュータではできない」とか「(「私という現象」は)これからも変わることなく、自然からの最高の授かりもの」という言及がみられること。著者は「すべて物理法則で説明できる」ことを前提に論を進めているはずなのだが、どこかまだ「機械は人間のようにはなれない」「人間が最高である」という呪縛からは逃れ切れていない。著者ほどの人でも、なかなかこういった考えから自由にはなりきれないのであろうか。
表題はエミリ・ディキンスンの詩からとられている。「脳は空よりも広い/ ほら、二つを並べてごらん/ 脳は空をやすやすと容れてしまう/ そして あなたまでをも」で始まるこの詩は本書の内容とそれほど深くかかわっているようには思えないが、著者も書くように、19世紀に脳(精神や心ではなく)をこのように捉えていた人間がいたことに気付かせてくれたことだけでも、本書に取り上げられた意味は深いと思う。この詩の最後では「神と脳」を比べている。どんな風に言っているのか、興味があれば是非一読を。
頭の中の不思議への旅立ち
(2007-08-06)
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レビューは【メリット】・【デメリット】・【引用】で構成されています。
引用数に基づき評価を与えています。
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【メリット】:意識・脳・質感…の概念をイメージさせてくれる
【デメリット】:言語化できないものの、何かあと要素が必要な感じを抱く
意識はかたちのある物ではなく、流れていく過程である(P18)
われわれは自分が意識していることを意識できる(P21)
健常な脳でくり広げられる複雑かつダイナミックな活動パターンを達成・維持するためには、興奮性のニューロンだけでなく、それらの発火を抑える抑制性のニューロンというのも必要だ。(P34)
人間の意識を生み出す脳の営みについてとりわけ興味深いのは、何が何でも統一された一貫性のある絵を描きたいという脳のこだわりである。(P163)
わたくしという現象は・・・
(2007-04-25)
この本のタイトルは、詩人エミリー・ディキンスンの詩からの引用ですが、副題のほうは「『私』という現象・・・」となっています。
宮沢賢治の詩集『春と修羅』の序がこのフレーズで始まっていますね。この詩集をお持ちのみなさん、読んでみてください。賢治は「わたくしという現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」と言っています。そしてそれに続く「風景やみんなといっしょに せわしくせわしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明」は、僕には、エーデルマンの言う「ダイナミック・コア」と重なっているように感じられるのですが。
「 脳体制原理 」 が 解明された !?
(2006-12-24)
量子力学や宇宙の物理学は、「実験・観察」とともに「理論」がなければ成り立たない。
これはだれにでもわかることだ。
しかし、ガリレオ、ニュートン以前の天文学者は
天体の運動を説明できる法則というものが何たるかも知らず、
ただひたすら天体を観測し、動きを記述したものだろう。
実は これまでの脳科学者たちも似たようなものだったのではないだろうか。
脳回路網全体がどのように生成され、作動するのか、
その全体を説明しうる原理がありうることすら気づかずに、
大半の脳科学者たちはひたすら脳活動のうわっつらを観測し続けてきたのではないか。
しかし、少数ながら、「脳科学界のニュートン、アインシュタイン」とも擬えられる学者も いるにはいた。
たとえば 清水博、Francisco Varela、そして この本の著者、Edelman。
彼らは果敢にも、脳回路網全体の形成・作動原理(我輩RTはこれを「脳体制原理」と名づけた)の解明に迫ったのである。
おそらく本書を理解するには熟読を要する。すらすら読める本ではない。
しかし、いま解明を求められている「脳体制原理」とはいかなるものなのか、
それを知るための入門書としては最高のものに属するだろう。
主観的体験としての意識Cは脳内に時々刻々成立するダイナミックコアプロセスC'に必然的に「伴立」する「現象」であること、
また因果作用をもつのはC'のほうであること、
プロセスC'の動態は物理法則に完璧に従属していることなど、
たしかに著者の見解は心脳問題への一つの決着の付け方となるかもしれない。
また著者は、
体験(クオリア)CがプロセスC'に何ゆえに伴立するのか、
その理由は「問わない」のが科学者としての正しい態度であるとみなしているように見受けられる。
この点も実に考えさせられる。
たしかに、科学では質量とエネルギーの関係は問えるが、その存在理由は問えない。
付け加えると、この本、なんとなく仏教的です。
「神の神経学」、「脳はいかにして<神>を見るか」と併読して、じっくり考え込んでみる。
それが すごくいいのです。




