妊娠・出産・子育て便利帳

多機能orコンパクト タイプで選ぶ 抱っこひも特集:ベルーナたまひよの内祝い

アイテム詳細

藤原 和博

筑摩書房

グループ:Book

ランキング:35776

価格:¥ 798

発売日:2007-12

通常24時間以内に発送

このページのURLは
http://clubks.com/baby/asin/Books/4480687734/

この商品を買った人はこんな商品も買っています。

「ビミョーな未来」をどう生きるか (ちくまプリマー新書)

バカ親、バカ教師にもほどがある (PHP新書 515)

つなげる力

人生の教科書情報編集力をつける国語 (ちくま文庫 ふ 29-8)

人生の教科書「人間関係」 (ちくま文庫)

カスタマーレビュー

本質を見抜く目  (2008-11-09)
 学力にこだわっても、学力は向上しないことが、この本を読めば納得できる。
 
 著者は、総合学習を切り口として、子どもたちに学ぶことの楽しさを教え、見方・考え方の変容を迫る。

 「一人の人間は、写真のイメージで善人にも悪人にもなるという特性」がメディアにはある。
 
 つまり、テレビで映し出される犯罪者の顔写真は、撮った写真の中でもっとも人相が悪いものが利用される。これがメディアの恣意性である。情報の取り扱い方で、善人も悪人として印象づけることは簡単である。

 このようなメディアの恣意性を馴染みの先生の一瞬一瞬の表情をビデオカメラで再現することで学ばせようとする。 
 
 こんな事を中学生の子どもに気付かせ、世の中を見る確かな目を育てようとしているという。こんな学習をした子どもたちは、人の考えやマスコミ報道を鵜呑みにはせず、自分で納得するまで調べようとする態度が身に付くだろう。

 学ぶことの本質は、教科書の内容の丸暗記ではなく、世の中の出来事を友達と考え、調べ、人の話を聞き、自分で納得する追求することだということがよく分かる。

 著者はこのことを「正解主義から脱すし、納得解を求める力を育てる」と表記している。

 成熟社会を生きるには、この力が必要だということがよく分かる1冊。

成熟社会に生きるには  (2008-09-21)
まさに「新しい」道徳、道徳観について考えさせられました。
「自立と貢献」、著者の人生観、世界観が著されています。
開示された思考過程、実践からの提言であり、説得力があります。
確かに何事にも「正解」を求めがちな態度は苦しく、
ゆたかではありません。
学校、関わり関わられ、教え学び共に成長できる場、
「学校」がとても可能性を持ったものに見えます。



「学校」を「教会」に、のおもしろさ  (2008-05-22)
よく言われることだが、日本には精神的な指針としての宗教が、ない。その意味で「道徳」が足りない。
が、ゆえに、キリスト教コミュニティなどが発達した西欧に比べ、経済関係外の、互助、地域コミュニティなど
セイフティネット的役割を期待する装置が、足りない。これは、社会にとって、損失だ。
そこで、藤原さんは、「学校」に「教会」的機能をという。

地域社会とは無縁に社会人生活を過ごしている若い人にとっては、ピンと来ないだろうが、
こどもがいたり、高齢化して行動範囲が狭まってくるとなると、
地域内での日常生活で充実できる方が、しあわせだろうな、と思う。

どの地域にでもあって、みんなが集まれて、学びあったりすることができる。
それが、学校。 こどもたちを中心としつつも、地域に住むすべての人のための場として、発展形を実現させる。
藤原さんのやっていることにも、大きな期待と、心からの共感を感じた。

うちの近くにも、こんな人が来ないかなー。
来てくれたら応援するんだけどな、と、願う。
藤原さん的な人が、教育内外の分野から、たくさん出てくることも。

責任が自由を保障する  (2008-04-06)
さて、時々「オレはこの仕事から降りる」なんていう人いますよね。
「こんなんじゃ責任取れません!」とか言ったり。
ぼくはこういう人をうらやましく思えます。
いいなー、すぐ降りられて。
なんちゃって。

そのそも責任って何でしょうか。
責任ある人ってどういう人なんでしょうか。
ぼくは、気楽に降りられないこと、なんだと思うんですよ。
降りられないから、仕方なくでも踏ん張らざるを得ない。
踏ん張るからなんとか責任を果たせる。

だから、安易に「仕事から降りる」という人は気楽に思えちゃうんです。
「責任取れない」という人は、もともと責任なんかない人なんですよ。
責任がないから気楽に降りることもできるんです。
その代わり、そんなことを繰り返しているといつまでたっても腕は上がらない。

降りられないから、踏ん張らざるを得ないから、泣きながらでも何か打開策を探る。
過去の経験を生かしたり、多くの人の力を借りたり、知恵を出して解決への道筋を見つけていかなくちゃならない。
そういう努力をするから、腕も上がっていくんだと思うのです。

藤原和博『新しい道徳』ちくまプリマー新書?760-にこうありました。

###
あなたが「夢」を追うためにも、もっと「自由」になるためにも、技術と経験を蓄積するのが王道なのである。
このとき、大事な言葉がもう一つ。
「自由」の裏腹である「責任」という言葉だ。
「責任」を引き受ける仕事の仕方をしなければ「技術」は蓄積しないだろう。
「経験」の蓄積も豊かにはならない。(158p)
###

誰だって逃げたくなるような仕事はあります。
自分がそうなら他の人だって逃げたくなっているんです。
それを踏ん張って解決するから、技術と経験は蓄積し、他の人からのクレジットレベルも上がる。
逃げていたらダメですよね。

技術と経験が蓄積し、他の人からのクレジットレベルが上がっていくと、やりたいことがやれるようにもなれます。
やりたいことがやれる、すなわち「自由」です。
世の中にはまったく同じことなのに、それが許される人と、お前がそれをやっちゃマズイぜ、という人がいます。
それはクレジットレベルの違いなんですよね。

だって、結果に違いが出るからです。
クレジットレベルの高い人なら、困難があってもそれを克服して成功に導いてくれる見込みがある。
そうじゃない人は、またこの仕事から降りちゃうじゃないかって思われちゃう。

いい結果を出してくれる人と、中途半端で投げ出しちゃう人と、どちらに重要な仕事を任せるか、自明ですよね。
藤原さんはこうも言います。

###
「責任」に裏打ちされていない「自由」は、ただの「奔放」にすぎない。(158p)
「責任」を引き受けて、はじめて、その「自由」な行動はクレジットに変わる。(159p)
###

責任に裏打ちされていない自由なんか、意味がないってことですね。
子どもや若い人はよく「オレは自由に生きたいんだ」なんて言いますが、それは責任逃れでしかありません。
責任を引き受けて、嫌なこと、困難なことに出会っても、そこから逃げずに、ジタバタしながらも踏ん張って、知恵だし汗だしするから、自由も得られるということなんだと思います。

本当の意味で人を導くことができるのは,著者のような確かな信念と志を持った存在だけではないだろうか。  (2008-03-15)
この著者の本は,今まであまり読んだことがなかったが,書いていることが逐一まともで,なるほどと感心させられた。特に納得したことは,現代が「成長社会」ではなく「成熟社会」であるということ。成熟社会では,「正解」ではなく,皆と議論することによって得られる「納得解」こそが重要であるということ。つまり,これが正しい生き方であるという確実なものはなく,多様な生き方が存在するということ。これだけ変化に富んだ世界であるからこそ,自ら何が自分として正しいのかをしっかりと考える必要があるということ。常識を疑えということ。現代が「生きにくい」時代ではなく,「生きやす過ぎる」時代であるということ。だからこそ,個々の人間が自分らしい生き方を見つけていかなければならないということ。世の中が便利になることによって,ますます一人でも生きていけるようになったこの世界で,孤立しないためにケイタイやインターネットで必死で自分を保っている人々。しかし,人間関係の希薄さは,決してそんなことでは癒されはしない。著者は日本という無宗教の世界での,現代の心の拠り所を「学校」に求めている。学校こそが,日本の最後の心のオアシスであると。確かにそうかもしれない。まっとうな大人がほとんど見あたらないこの日本で,本当の意味で人を導くことができるのは,著者のような確かな信念と志を持った存在だけではないだろうか。

人気キーワード

Category Menu

QRコード

QR CODE

関連ページ

多機能orコンパクト タイプで選ぶ 抱っこひも特集:ベルーナ