幻冬舎
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発売日:2006-11
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カスタマーレビュー ![]()
昨今のインテリジェンス・ブームの火付け役
(2008-09-01)
本書の最大の意義は、「インテリジェンス」という言葉に市民権を付与したことにある。読者は両氏の洒脱な対談を通して、インテリジェンスの基礎知識をつけることができる。両氏がそれぞれの仕事を通じて体験したエピソードも面白いものが少なくなく、読み物としてもなかなか楽しめる本だ。
ただ、外交や安全保障をそれなりに学んだ人間にとってはやはり物足りない。気になるのは両氏がインテリジェンス活動のうちのヒューミントのみにフォーカスしがちであり、しかも誰もが知らない情報を入手することをもってインテリジェンスの成功と考えているきらいがある点だ(少なくとも、そう読める箇所が少なくない)。無論、ヒューミントは重要なのだが、公刊情報、電波、衛星画像といった他のソースと比べてしまうと、補完的な役回りにとどまると言わざるを得ないのではないか。より致命的な点は、両氏とも電波・衛星画像という現代のインテリジェンスの核心にあたる情報源に接する権限を有してこなかった点だ。佐藤氏も自ら認めているように、彼は真のインテリジェンス・オフィサーではないのである。本書はこの点を踏まえて読まれるべきだと思う。
腹が割れません
(2008-08-06)
最近話題の書き手二人の対談であるが、お互い腹を割って話していないのが行間から感じ取れてややフラストレーションのたまる一冊である。けど、インテリジェンス・オフィサーの会話ってだいたいこんな感じなんだろうな。
個人的には(『ウルトラ・ダラー』読んだけど)手嶋氏はかっこつけすぎているように思うのであまり勧めないが、二人に興味がある方は単著から入った方がよろしい。
インテリジェンスの実情が解る
(2008-08-05)
インテリジェンスというと、ゴルゴ13で活躍するSIS、KGB、CIA、そしてモサドなどの
エージェントが跳梁跋扈し、盗聴、暗殺、政府転覆などの非合法活動をするイメージを
漠然と持っていた。ポロリウムによるリトルネンコ氏の暗殺など、そのような活動は
現在もあるだろうが、実際のインテリジェンスの現場は、情報収集と考察の積み重ねに
基づくものであることが本書を読むと明らかになる。
「秘密情報の98%とは公開情報を整理することで得られる」、というコメントは、一見、
インテリジェンスという華やかなイメージと相反するようにも聞こえるが、費用対効果、
効率性の点から考えれば当然のことであり、プロの凄みを感じさせるものである。
面白いけど気になる点が、、、
(2008-07-31)
内容はとても面白いです。目から鱗が落ちるようなモノの見方・考え方や情報が随所に見られます。
ただ、手嶋氏が佐藤氏のことを終始("外務省の"という枕詞すら付けずに)「ラスプーチン」と呼び続けていることに違和感を覚えました。
佐藤氏が「"外務省の"ラスプーチン」と呼ばれていたというエピソードは一度紹介すれば十分なはずであり、「佐藤優」という立派なお名前を持つ佐藤氏に対して大変失礼ではないかと感じました。
また、実在したラスプーチンのことを指しているのか佐藤氏のことを指しているのかをいちいち文脈から判断しなければならないというのは非常に鬱陶しかったです。もしかすると、佐藤氏がそう呼ばれることを心底快く思っており、手嶋氏もお世辞のつもりで敢えてそう呼び続けたのかもしれませんが、もしそうだとしても読者の便宜を考慮すれば編集の段階で適切に表記を改めるべきであったのではないかと思います。
インテリジェンスを語れること自体の情報量と分析力にまず驚嘆
(2008-05-28)
インテリジェンスとは何かを考える入門書として役立つ。インテリジェンスにまつわる佐藤・手嶋の対話を読んで、両雄の蔵する情報量と隠された人脈の広がりに驚嘆した。インテリジェンス弱国・日本という評価に不安がよぎる。インテリジェンス・オフィサーの育成方法まで提言している点、両者のインテリジェンスに対する姿勢と信念がよくわかる。興味深い発言を拾ってみる:まさに全てが地下水脈でつながっている/自発的かつ積極的に動くインテリジェンス・オフィサーは、カウンター・インテリジェンスの世界では潜在的な「スパイ」と見なされてしまう/対外インテリジェンスに関して、今の日本はほとんど体をなしていないような状況/東京には良質なインテリジェンスが世界から集まり、堆積している/後知恵で事実と異なるストーリーを作ってはいけない。:この本から情報を判断する上で、宗教という視座の重要性を改めて認識させられた。




