文藝春秋
グループ:Book
ランキング:99036
価格:¥ 770
ポイント:7 pt
発売日:2000-05
通常24時間以内に発送
このページのURLは
http://clubks.com/baby/asin/Books/4167136287/
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
ガイドブック『アンネの日記』を訪ねる (新日本Guide Book)
カスタマーレビュー ![]()
ときどき読み返しています
(2008-01-19)
初めてアンネの日記を読んだのは小学校の低学年の頃ですが
大人になった今でも、ときどき読み返しています。
戦争の悲惨さを忘れないために多くの人たちに読み継がれていって
ほしい本ですが、私は自分のためにも読み返しています。
それは、今私が普通に毎日を生きていること、
そして私の大切な愛する人たちが生きていてくれることの有り難みと
幸せを深く感じていたいからです。
命あるものはいつかは死ぬときが来ますが
ふだん、別れや死をあまり身近に感じないときは
今日という一日を無事に過ごせたこと、
愛する人たちの笑顔を見ることができた幸せを
私は忘れがちになってしまいます。
アンネの日記は、今日を生きることと、今私が持っている幸せと
愛する人たちが生きていてくれていることの有難さを
思い出させてくれる命の日記です。
想像を絶するユダヤ人の苦難
(2006-12-26)
アンネ・フランクそのひとの生涯のみならず、父方のフランク家、母方のホーレンダー家のさかのぼった歴史も書かれており、家柄もよく裕福であった両家がナチスの横暴により財産を奪われ祖国を奪われ、ついには父オットーを除く母子3人が命まで奪われるに至った経過が克明に記されている。「死地への最終列車」の章は人間が人間に対してこれほどまでに冷酷になれるものかと戦慄を覚えざるを得ない。隠れ家を密告したのは女性であったとか、隠れ家のユダヤ人の存在が実はかなり前から気づかれていたとか、今まで私の全く知らなかったことばかりであった。関係者たちのその後なども詳しく書かれていて実に興味深い。
残念なのは訳が下手なこと。会話でもないのに「・・・じゃない」という文章が頻発していて見苦しい。アンネと学友ナニーがベルゲン・ベルゼン強制収容所で出会った場面では「二人は・・・そんなに長くはおしゃべりできなかった」。強制収容所での会話が「おしゃべり」とはいったい何事ですか。語学が堪能な人は原書で読んだほうがいいのかもしれない。
アンネに対する新事実
(2005-03-13)
今まで知らなかった事実が盛り込まれた作品。
興味深く読み進みました。
それにしてもアンネの母エーディットや、歯科医デュッセル。
この二人も色々な側面を持っていたことが判明。
珠玉の作品。
アンネ一族を取り巻く文化的、歴史的背景が分かる本です。
(2004-07-11)
470ページのなかなかの大著である。この伝記の特色は、アンネ一族の背景を多く語っている事である。両親であるオットー、エーディットの教養の背景など知ることができる。オットーの誕生日は1889.5.12(明治22年)フランクフルト生まれ。わたし(現在43歳)の亡祖父より10歳年長になる。なんとなくアンネとの距離がつかめるようだ。エーディットは1900.1.16(明治33年)アーヘンで生まれた。だいたい私の祖父と同じだ。その2人の間に、姉マルゴーが、1926.2.16(大正15年)に生まれた。私の母とだいたい同じ年だ。そしてアンネは1929.6.12(昭和4年)にフランクフルトで生まれたのである。父オットーはドイツで最高の伝統教育を受けた。文科系のレッシング・キジナジウムでラテン語と古代ギリシャ語を学んだ。エーディットは、フランス語と英語、ヘブライ語を学んだ。あと、家族が隠れ家でどんな本を読んだかなども書いてある。オットーは青春時代、ハインリッヒ・ハイネを崇拝していたという。エーディットは隠れ家で、スピノザの倫理学を読んだという。かくの如く、文科の教養においては平均的日本人以上であった彼らユダヤ人が、強制収容所送りとなり、あるものはガス室送りとなったのである。類人猿ではない、教養深き人間が虐殺されたわけである。この本によってナチスの狂気の罪の重さを実感できる。また、ユダヤ人に比較的同情的だったオランダにおいて、どうのようにユダヤ人狩りに移行していったか、法律の発令の経緯から順に理解することが出来る。狂気はある意味で合法的に着々と準備され装置されていったのがリアルに分かる。アンネファンは必読の一書。また、これを原作として制作されたTV映画「アンネフランク」がDVDで観られる。これも素晴らしい出来である。




