新潮社
グループ:Book
ランキング:82607
価格:¥ 714
発売日:2004-04
通常24時間以内に発送
このページのURLは
http://clubks.com/baby/asin/Books/4106100630/
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
マックス・ヴェーバー物語―二十世紀を見抜いた男 (新潮選書)
世界四大宗教の経済学―宗教とお金、その意外な関係 (PHP文庫)
カスタマーレビュー ![]()
ウェーバーと日本(仏教)との接点についての大胆な推論
(2008-11-06)
仏教とマックス・ウェーバーの両者についてそれなりに通じている著者がその接点を探り、大胆な推論をした作品。
私なりに同書を整理するなら、第1に、職業労働がキリスト教の隣人愛の実践ともなるとの見方との対比で、8世紀日本の行基における大乗仏教の利他の精神を対置し、第2に、カルヴァン派の予定説からくる心理的緊張感が行動的禁欲をもたらしたとの考えとの対比で、平安中期の源信(往生要集)による「地獄」思想を指摘し、第3に、世俗的生活内での職業労働自体が聖なる意義があるとのルターの考えとの対比で、徳川時代初期の鈴木正三による士農工商それぞれの職業倫理観、及び江戸時代の石田梅岩による商人の職業倫理観を指摘した。
このような対比と分析によって、日本には「資本主義の精神」が脈々と流れていると主張し、主に仏教(特に、利他の精神)の点から、日本において著者のいう「資本主義の精神」の復活を唱える著作である。
ただ、ウェーバーのいう「資本主義の精神」と類似する要素を日本の歴史から拾ってきてはいるが、ウェーバーのそれとどこまで合致しているのかという問題はある。ウェーバーの指摘する合理性を志向する要素については、本書では弱いと感じるが、その点はさらに類書が出てくることを期待したい。
行基に見る資本家精神
(2005-01-04)
資本主義精神は実は、奈良時代の日本の僧侶、行基にルーツがあったという画期的な指摘。マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で、代表的資本主義的精神の持ち主としてベンジャミン・フランクリンを挙げているが、実は、彼に遡ること千年以上前の日本に、行基が存在していたわけである。すごい事ではないか。著名な宗教家大川隆法氏の霊査によると、行基は、その後、二宮尊徳として生まれ変わりさらに現代日本に一倉定(空理空論を廃し、徹底的な現場第一主義で知られる異色の経営コンサルタント)として生まれ変わったという。すると、行基の資本主義精神は、本書で紹介されている鈴木正三、石田梅岩だけでなく、彼自身の転生として二宮尊徳、一倉定を通しても日本に連綿と受け継がれてきているわけだ。大乗仏教の精神の中に、利他行としての資本主義的精神が存在しているわけである。著者の論点は素晴らしいと思う。が、文章に冗長性が見られ、読みづらかった箇所が少なからずあったので、三つ星とした。
マックス・ウェーバーが好きな方は読むべき!!
(2004-08-07)
本書は、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の考え方に基づき、ウェーバーが十分分析できなかったといわれる「仏教と資本主義」の関係を分析した。すごく挑戦的な本だと思います。
宗教革命のカルバンの教義では「予定説」があり、「人間の救われるか否かは、あらかじめ神様に決められている。人間の意志や努力ではどうすることもできない(神様は全知全能であるため、天国に行く人間と地獄に行く人間を知っている)」とされているとの話は驚きました(p17)。
私は、プロテスタントというものは「一生懸命働けば天国にいける」との教義があると思い込んでいたからです。
まぁ、この教義も「職業労働によって自分が救われることに確信が持てる」という変形により、労働の意義を作っているようですから、私の推測も間違っているわけではありません。
著者は、日本仏教史上で最大の巨人を「行基」としています。
行基は、奈良東大寺の大仏建立に重要な働きをした僧です。
行基は、プロテスタンティズムと同じく「利他の菩薩行」が重要であるとし、働くことが天国でへの道であるという労働・職業観を創り出しているとのことです。
つまり、日本では、大仏が建立された八世紀の天平時代にウェーバーが言う「資本主義の精神」が存在していたとしています。
マックス・ウェーバーが好きな方は読むべき!!
(2004-08-07)
本書は、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の考え方に基づき、ウェーバーが十分分析できなかったといわれる「仏教と資本主義」の関係を分析した。すごく挑戦的な本だと思います。
宗教革命のカルバンの教義では「予定説」があり、「人間の救われるか否かは、あらかじめ神様に決められている。人間の意志や努力ではどうすることもできない(神様は全知全能であるため、天国に行く人間と地獄に行く人間を知っている)」とされているとの話は驚きました(p17)。
私は、プロテスタントというものは「一生懸命働けば天国にいける」との教義があると思い込んでいたからです。
まぁ、この教義も「職業労働によって自分が救われることに確信が持てる」という変形により、労働の意義を作っているようですから、私の推測も間違っているわけではありません。
著者は、日本仏教史上で最大の巨人を「行基」としています。
行基は、奈良東大寺の大仏建立に重要な働きをした僧です。
行基は、プロテスタンティズムと同じく「利他の菩薩行」が重要であるとし、働くことが天国でへの道であるという労働・職業観を創り出しているとのことです。
つまり、日本では、大仏が建立された八世紀の天平時代にウェーバーが言う「資本主義の精神」が存在していたとしています。
私個人としては、17条憲法を作った聖徳太子の時代からすでに「資本主義の精神」があると思っております。これについては、近いうちに書きたいと思っております。




