新潮社
グループ:Book
ランキング:338
価格:¥ 1,365
ポイント:13 pt
発売日:2008-07-16
通常24時間以内に発送
このページのURLは
http://clubks.com/baby/asin/Books/4104605026/
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
薬害C型肝炎女たちの闘い―国が屈伏した日 (小学館文庫 い 9-1)
カスタマーレビュー ![]()
絶望の淵をあるき、司法の世界を変えた本村さんに感服する
(2008-10-11)
山口県光市母子殺人事件で当時未成年のFに妻と9か月の子供を殺害された、本村洋さんの3300日間を追ったノンフィクションです。タイトル「なぜ君は絶望と闘えたのか」は事件から最高裁判所での死刑判決までの本村さんの状況をピタリと表現しているように感じた。
中学時代から難病と闘っていた本村さんは、「子供は授かれないかも知れない」と病院の先生にいわれている。しかし学生時代に弥生さんと出会い子供に恵まれる。自分の命以上に大切にしていた弥生さんと、夕夏ちゃんをある日突然失い、何度も自殺を考えるほどの絶望の淵にたつ。
裁判の中で見えてくる司法の問題を、出会った仲間らと解決し全国を巻き込んでいくパワー。それは本村さん個人のものではあるけれど、限りない妻と子供への愛がそのような行動を生んだように思います。長い絶望との闘いを終えた本村さんに、新しい人生を歩んでほしいと心から思う。
私怨から公憤へ
(2008-10-01)
山口県光市で起きた極悪非道な母子殺害事件を克明に追って、時には警察と、時には司法・弁護士と、そして犯人と闘い続けた被害者の夫(父、以下夫で統一)の姿を描いたドキュメンタリー。
夫は最初、被疑者として扱われる。悲嘆の中にいる夫にとっては二重苦である。やがて犯人Fが捕まるが、Fが少年法の対象だった事がその後の裁判に影を落とす。当時の少年法ではFを極刑にする事は不可能に近い。夫は、「日本では被害者の人権が守られていない」と痛感し、「犯罪被害者の会」を結成する。また、裁判の席では、「Fが極刑にならなければ私がFを殺す」とまで言明した。裁判の傍聴に遺影を持ち込もうとして裁判官と争ったりもする。題名に則して言えば、それだけ夫の恨みが強かったと言う事だろう。
しかし、この事件は多くの公憤を併せ持つと言って良いだろう。警察の初動捜査ミス。裁判をイタズラに引き伸ばした司法行政。当時の最高裁の裁判官は厚生省入省後、"あの"社会保険庁長官を務めた人物で、この後批判を浴びて、退任した。デタラメぶりが分かると言うものだ。そして何と言っても許し難いのは、人権擁護を標榜してトンデモナイ詭弁を繰り返した弁護士達である。死後姦淫を「復活を願っての儀式」とFに陳述させるとは三百代言ここに極まれりと言うべきか。弁護士はあの麻原の弁護も務めている。
一つの事件・裁判を追いながら、様々な問題を提起するドキュメンタリーの秀作。
正解の出ない多くの問題を、考えさせられる一冊です
(2008-09-19)
とにかく迫力のある一冊でした。
文面から本村さんの感情が溢れるようで、一つ一つの文章が濃く、勢いに押されるように読み進みました。
ニュースで見かけた本村さんは、いつも毅然と正面を向いて、何か大きなものと闘い続けている姿がとても痛々しく見えていました。
でも、犯人以外に「何」と闘っているのか、今まで知り得なかった詳細が分かり、ようやく事件の全容と、本村さん本人を知る事が出来ました。
司法の抱える大きな問題、特に被害者や被害者家族に対する配慮の無さ、あまりのお粗末さに怒りを感じます。
それとマスコミ報道。被害者家族の傷口に塩を塗りこむ行動を取りながら、正義の味方ぶった論調。
それらの中での、本村さんの痛々しいくらい毅然と闘う姿。
少年法や実名報道、死刑問題、これらはあまりに問題が大き過ぎてすべてに賛同する事は出来ませんが、本村さんの思い・筆者の思いは深く伝わりました。また、裁判官の実名表記には、筆者の闘う姿勢が見えました。
普段見落としていた事・見ようとしていなかった社会の問題点を、深く考えさせられました。
命、家族、裁判、憎しみ、司法の壁、そして・・・・
(2008-08-27)
想像できるだろうか。
何気ない日常の中で今日も1日が終わる。夕食の献立を楽しみにしながら軽い疲れとともに帰途につく。この世で最もくつろげる場所であるはずの自宅に戻ると、暖かい会話や柔らかい明かりのかわりに奇妙に静まり返った冷たい暗闇が広がっている。そしてそこに変わり果てた最愛の妻の姿を見つけてしまったら・・・。
本の扉に掲載された本村氏と弥生夫人、そして愛娘の夕夏ちゃんの写真を見て欲しい。学生のような面影さえ残る若い両親と丸々とした可愛い赤ちゃんの姿は、どこにでもある幸せな家族のそれだ。この日から実に9年、本村氏は闘う。正しい事を正しいのだと訴え続けて、ただひたすらに闘う。
憎しみ、絶望、孤独、そして埋めようのない喪失感。本村氏は何度も自殺を考えながら、ただただ闘って、そして死刑判決を勝ち取った壮絶な記録の書だ。
TVで見る限りいつも冷静沈着に、且つ、理路整然と自分の考えをことばにしていた本村氏の、決して表に出なかった犯罪被害者としての苦しみに身を切られる思いがする。
日本は法治国家である。でもそれは真に正しい法治と言える状態なのか。死刑判決を勝ち取るまでなぜ、山口地裁・広島高裁・最高裁・差し戻し広島高裁と9年もの長い時間を必要としなくてはならなかったのか。犯罪を犯す者がいる限り、誰でも等しく犯罪被害者になってしまう可能性がある。だからこそ多くの人に本書を読んで欲しい。
他人事では決してない。
自らに置き換えて読むと・・・
(2008-08-01)
「あぁ、あの事件を扱った本か」と書店店頭で手に取り、いつもの癖で帯に書かれた文言を目で追っていく。背側に回り、そこにあった本村氏が辞表を提出した際の上司の言葉に心打たれた。「労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。」自分が上司だったら、こんな言葉をかけられるだろうか、と思った。
そして、プロローグに書かれた「僕は、・・・僕は絶対に殺します。」という本村氏の言葉に頷いた。そして、本書を購入することにした。
幼子を持つ身として、自分が当事者だったら同様の気持ちを持つだろう。司法の壁の前に不本意な判決を受け、「早く被告を社会に出して、自分の手の届くところに置いて欲しい。私がこの手で殺します。」という言葉にも頷いた。
それだけではない。泣いた。泣くために買った本ではない。読んで泣くつもりもなかった。しかし、殺害状況や公判の様子、人々の言葉や行動に度々涙した。本を読みながら、これほど泣く経験は初めてだった。それほど、憤り、絶望し、考えさせられた。
少年法、犯罪報道、司法の現状、人権擁護、死刑制度、被害者救済、それぞれの事柄にそれぞれの考えを誰しもが持っているだろう。ひとまずはそれらを置いて、読み、考えればいい。
読み終えての感想は、本村氏にしても孤独であれば、復讐しか考えなかっただろう。人とのつながりが、彼を支え、世の仕組みを変えていったのだ。ならばこそ、その関係を断ち切る殺人は、何事を持っても贖うことの出来ない行為なのだと、改めて思った。




