新潮社
グループ:Book
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価格:¥ 1,680
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発売日:2008-03
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カスタマーレビュー ![]()
「わたしはカモメ」の拡散と収斂
(2008-08-05)
誰しもが知っている「わたしはカモメ」のテレシコワのエピソードは本当なのか、それとも、ある程度のフィクションなのか。そのへんの判断がつかないままに、多様な人物が登場して、拡散し、収斂していく。
深い印象を与える傑作である。黒川創を読むのは3作品目( 「明るい夜」はまあまあ、「イカロスの森」は佳作)だが、新しくなるに従い、より世界観の深みが増している。作家とロシアとの関連にも注目したい。
がっかりです
(2008-06-27)
新聞に書評が載っていたりして、目に付く機会が多かったので、
今までに読んだ事のない作家でしたが購入しました。
「かもめ」にちなんで宇宙飛行の話がでてくるあたりは良かったのですが、
あまりにも話が飛びすぎ。
いろんな人の話が、実は最後には繋がるというこの手の手法はよくあります。
恩田陸の「ドミノ」とか。
ハラハラ、ドキドキする話でないことは理解できますが、
「だから何?」としか言えない作品でした。
たんたん
(2008-06-17)
同時期に同じ都会の街で起こる出来事が並行して描かれていく、淡々と。しかし後半に向かうにつれて事件らしいことも少しずつ起こっていく、さまざまなできごとがあぶりだしのように徐々に浮かび上がって個人個人の抱えるドラマが浮き上がってくるというような形で(といっても、結構個々の出来事の起こり方は唐突でしばしば違和感をおぼえたが……千恵の最後とか最後の幸田と瀬戸山の会話とか)。村上春樹『アフターダーク』を引き合いに出しているレビュアーの人もいるが、たしかに都会の夜のしんとした感じはよく出ていた。ただ全体にさらさらと表面をなでていくという感じなので、結局、個々のキャラクターやエピソードに最後まで興味がもてなかったのが個人的にはうーんという感じでした。オビによると、文芸時評等で絶賛されている作品のようですので、きっと私の読みが甘いということなのでしょう、とは思いますが。またやはりオビによると、池澤夏樹氏も評価しているようですが、たしかに池澤氏の「スティル・ライフ」や「ヤー・チャイカ」のように、「空気で読ませる」みたいなところはあるかもしれません。
サテライト・オブ・ラブ
(2008-06-15)
素直に感心し静かに感動してしまった。
読み終わり、もう一度ページを最初から括り直そうと思った。
この本はそうした魅力的な構造を持っている。
1987年、鎌倉に住むある姉弟の家での暇つぶしのゲームとして、
宇宙に浮かぶ人工衛星のカメラから、東京のいろんな場所に焦点をあてて、
その状況を報告しあう架空実況中継のやりとりを聞かせてもらったことがある。
この小説の手法は、それにちょっと似ているかもしれない。そんなことを思いだした。
小説の冒頭、63年にヴォストーク6号で地球を48周回り帰還した女性宇宙飛行士テレシコワのことと
チェーホフのことに触れられている。本の題名『かもめの日』は、このテレシコワが地球の遙か上空から
叫んだ有名な「わたしはかもめ(ヤー・チャイカ)」とチェーホフの戯曲に由来している。
テレシコワが飛んだ宇宙のような上空からのカメラの視点のように、またある時は上空を
飛ぶかもめが見た視点のように、東京の景色とそこに生きる人々のいくつかの物語が平行しながら点描されていく。
やがて、そうした上空からの視点は下に降りてそれぞれのドラマを紡ぎ出す。
それらはゆっくりと交差しながらつながっていく。それがまずこの小説のおもしろさだ。
ばらばらのパズルが、じょじょにつながりひとつの絵、ストーリーを描き出していく。
上層雲を研究している太った青年ヒデさんと偶然知り合った絵理という少女。
深夜に浮かぶ光の塔と書かれるFMラジオ局で「ナイト・エクスプレス」という番組の中年DJ幸田昌司と
その相手の女性アナウンサー西圭子、長いAD生活に嫌気がさしている森ちゃん、
その番組最後の朗読ドラマの台本を手がける作家、瀬戸山春彦たちのそれぞれの孤独な物語。
最初ばらばらのようだった話が、それぞれじょじょに発信しあい、ひとつの小説の輪郭、
構造をかたちづくっていく。
個々の孤独な魂がひっそりと手と手を携えていくようにも思える、現在という「時」に静かに
息づくすばらしい小説だった。
また、この小説は村上春樹の『アフターダーク』で予感として提示された夜明け前に対するひとつの
解答のようにも思われる。
読み終わり無性にルー・リードの『サテライト・オブ・ラブ』を聴きたくなった。
本格的な文学に出会えたという充足感
(2008-05-10)
「かもめ」とは、初の女性飛行士テレシコワが地球に送った「わたしはかもめ(ヤー・チャイカ)。」に由来する。そのフレーズが、チェーホフの戯曲『かもめ』のニーナのせりふと同じだという。
小説はそうした評論じみた序章が置かれたあとに、いくつかの個人の断片・断章を起点として始まる。その個人やその視覚映像と心理や言葉の断片が、交差し、投影し合い、重なり合ってやがてひとつの統一したイメージを形成していく。
宇宙飛行士は地上にもどりほかの宇宙飛行士と国家的な結婚をする。チェーホフの老妹は「かもめ」という言葉の引用についてこだわりフルシチョフに手紙を出す。物語も35階の高層FM局スタジオと路上や川べりの土手などの地上とを往き来し交錯する。浮遊し俯瞰する視点と、徘徊し仰観する視点とが交錯する。
筆致は確かで、技巧も冴えている。マンガやネット小説など、言葉や文学が希薄化し衰弱しつつある時代にあって、久しぶりに読み応えのある本格的な文学に出会えたという充足感がある。ただ、モチーフへの作者の思い入れが弱く、読者の心を打つものがない。技巧の実験という試作的作品に過ぎないとのうらみは残したのかもしれない。




