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多機能orコンパクト タイプで選ぶ 抱っこひも特集:ベルーナたまひよの内祝い

アイテム詳細

ヘッセ
高橋 健二

新潮社

グループ:Book

ランキング:22145

価格:¥ 380

発売日:1971-02

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http://clubks.com/baby/asin/Books/4102001115/

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カスタマーレビュー

世界をけいべつしないで生きる  (2008-06-15)
 朝日新聞(7.9.03 夕刊)で作家の吉岡忍が『今の日本は「自分以外はみんなバカ」という考えが支配している』と書いていた。みんな他者を批判してばかりいる。批判するだけでなく、そこからどうしていくかを考えていかないとダメだと思う。そして世界を説明し尽くすのではなく、世界を軽蔑するのでもなく、世界のなかでそよそよと風に揺れながら眺めていたい。
 『シッダールタ』の主人公シッダールタが贅沢と愛欲に溺れた日々から離れて、川を渡す舟守になってからの言葉。
「物が幻影であるとかないとか言うなら、私も幻影だ。物は私の同類だということ、それこそ物を私にとって愛すべく、とうとぶべきものにする。だから私は物を愛することができる。(中略)愛こそ、いっさいの中で主要なものである、と私には思われる。世界を透察し、説明し、軽蔑することは、偉大な思想家のすることであろう。だが、私のひたすら念ずるのは、世界を愛しうること、世界をけいべつしないこと、世界と自分を憎まぬこと、世界と自分と万物を愛と讃嘆と畏敬をもってながめうることである(p.145)
 ヘッセの世界に遊んでいたい。

安心立命の境地へ  (2008-04-03)
みなさんのレビューが素晴らしかったので購入しましたが、本を読み終えた後もレビューを再読しました。ありがとう。
私は本をほとんど読んだことがなく、人としての、いのちとしての在り方を考え始めたのは年齢的に遅かった。
それでも、真理について語られた名言を読んだり、話を聴いたりしてきて、知識としては少しずつ分かってきていた。楽しくて、宇宙が膨張するように私も広がる思いがした。
しかし、最近は自分が実際には執着などでなかなか真理に沿って生きることが出来ないことに、苦しみを覚えるようになってきていた。
頭では分かる。でも心に落ちない。染み込まない…。そんなときにこの本に出会った。
言葉で表現するのが苦手なため、漠然とした思いを抱えたままだったが、私の心情にぴったりのところが数箇所あり、それをうまく表現してくれていたので、自分の状態をしっかりと確認できた。今、心が安らかなもので満たされていくのを感じている。

薄いけど中身は濃いです  (2007-12-16)
シッダールタは悟りに達するべく、特別に生まれついたわけではありません。
また、シッダールタの悟りは天から降ってくるものでもありません。
この物語で描かれるのは、悟りを得たいと願った普通の人間が、もともと自分の中にあったものを一生をかけて苦しみ抜いてしぼり出して、生まれた哲学です。
ヘッセの美しい文章に導かれて、シッダールタの心の移り変わりを共に辿れば、自分の中にある幸せの元(悟り?)のようなものを垣間見ることが出来るかも知れません。
ちょっと生きるのが楽になるかも知れません。

きっと何度も読み返すと思われる一冊。  (2007-11-11)
シェッダールタという釈迦の若いころと同姓同名
の人物を通して悟りを開いていくまでの過程を書
いた小説。(釈迦とは別人との設定。)
正直内容は難しく表面的な部分しか理解でいてい
ないと思う。

まず20世紀初頭のドイツ人である著者の仏教やイ
ンド文化に対する知識に驚かされた。学者でもあ
るバラモンの家系に生まれるも家を飛び出し、沙
門(修行僧)へ身を投じ、商人のパートナーとな
り成功し富を得るがそれでも満たされず再びさ迷
い最後に自分のあるべき姿を見出していく。

人が求める悟り、道や生きがい、真理とは何かを
考えさせられる。主人公は最終的に若いときに出
会った渡し守の助手として寝食を共にし、一渡し
守として悟りを開いていくこととなる。

著者が主人公を通じて伝えたかったことは何であ
ったのだろうか。人は常に不変である、常に変わ
り続けるものであること。人が変わるから同じ川
や景色が違って感じ、観ることができるのである
と。沙門のころのシェダールタと裕福なったとき
のシェッダールタ、そして渡し守となったシェッ
ダールタと同じ人物であるが全く違う風景に感じ
るのはなぜだろうか。

最後に幼馴染であるゴーヴィンダと再会して語る
場面があるが、言葉や知恵ではなく実在するあら
ゆるものから真理を発見することができると述べ
られている。

常に万物は流転することを前提にゆったりと物事
を大きく考えることが物事へ逆らうことなく穏や
かな心を持つことができるようになると感想を持
った。

悟りに至るまで・・・  (2007-10-20)
主人公であるシッダールタ(歴史上の仏陀ではない)が悟りを開くまでが描写されています。
友人ゴーウィンダが帰依したにもかかわらず、シッダールタが仏陀に帰依しなかったのは、
やはり自分の経験をもって中道を悟りたかったからだと思います。

ゴーウィンダは仏陀から知識として、悟るための方法論を日々仏陀から説教として教えられ、
教団の戒律を真摯に守り、晩年までやってきましたが、結局悟りに至ることはできませんでした。
晩年再会した時に、なぜだ?とシッダールタに問いかける場面がありますが、ここでシッダールタは
知識ではなく知恵の重要性を説いています。つまり、知識を実践することにより、知恵となるわけです。
また、物質の重要性も説いています。物質とは富、権力、情欲を象徴したものであると思います。
物質を自分なりに極め、その虚しさを自分で悟らない限り、中道への悟りはないということであると思います。

仏陀は国の王子として生まれ、何不自由ない暮らしを約束され、物質を自分なりに極めた時期がありました。
(仏陀には妻も子供も何人かの妾もいます。)
その後、生老病死の意味を悟るため、森にこもり、死ぬ寸前まで難行苦行を行いました。
その後、瞑想とスジャーターの鼻歌によって中道を悟ったわけです。

知識として悟るまでの方法論(八正道、反省の瞑想など)を教えられた仏陀以外の何千人の弟子たちからは
本物の輝きがなかったとシッダールタは言っています。つまり、本当に物質と難行が無意味なのか
自分の経験によって確かめたかったのだと思います。

途中、自分の子供への偏愛により、執着の心が芽生えますが、川の流れから泰然自若の心境と
全てをあるがままに受け入れる境地を最終的に悟ったのだと思います。つまり、我々は心の平穏を得るために
日々修行しているわけですが、そこに至るまでの方法論は各自自分に合ったやり方があるということ
であると思います。

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