岩波書店
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価格:¥ 693
発売日:1987-07
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カスタマーレビュー ![]()
翻訳がすばらしく、すいすい読める
(2007-04-28)
皆さんかいていますが、翻訳がとてもうまく、すいすい読めます。
内容は現在にも通じるところがあり、極めて参考になります。
というより、現在に警鐘を鳴らしているのでは、と思わされるような本です。
マスメディア関係に勤める人全員に読んでもらいたいぐらいの本です。古典名著と言われるのも納得です。
そのぐらいいい本です。オススメです。
世論の体系的な分析
(2007-04-16)
民主政治を中心的なテーマとしてコミュニケーション機構の中での世論の重要性について考察されていました。
民主政治を念頭において社会学的な視点から認識・情報・報道を分析する概念装置の立て方とそこから見えてくる課題が秀逸です。自分自身の価値、地位、権利についてわれわれがどう感じているかを現実の世界に投射する「ステレオタイプ」によって捉えられ、複雑な環境に適応するために個人の中に虚構としてつくり出される「擬似環境」を通じ、頭の中に思い描かれる自分自身・他人・要求・目的・関係のイメージが「世論」として定義されています。
民族国家としてではなく民主主義という「理念」によって成り立っているアメリカにおいて世論が果たす基軸的な役割がアメリカ人エリートによって考察されているという点で大変興味深かったです。特に擬似環境という考え方をお互いに理解することが民主政治の上で大変重要であるとの筆者の主張は腹落ちしましたが、裏を返すとアメリカは本書執筆1922年時点において多元的な価値を認めるという点では民主的ではなかったといえるのかもしれません。しかしながら、そうした環境だからこそ、落ち着いた態度で希望を捨てず肯定的に民主政治を論じる筆者の真摯な態度が光っているのかもしれません。
苦労して読む価値がある
(2006-07-29)
英語が古いので読みにくかった。
しかし内容がすばらしい。現代社会にもぴったりあてはまる。
著者の結論としては、一般市民は生活が忙しく、公共のことを知る時間がない。また公共のことを正しく伝える媒体が存在していない。したがって一部の利益集団の好き勝手にされている部分がある。
しかし著者の時代にはインターネットがなかった。それが正しい情報を伝えるとなるだろう。
わかりやすい訳
(2005-04-28)
私は現在、アメリカの大学院で政治学を勉強しております。
リップマンの『世論』は古典的名著のようで、こちらの大学の政治学専攻では知らない人はいないようです。
私はこの本の原書が授業のテキストになったので、購入して読んでみましたが、リップマンの書く英文は一文が長く、また言い回しも古いのか、なかなか理解できませでした。一応通読しましたが、理解度は20%くらいだったでしょうか。ちなみに、彼の英文はアメリカ人にとっても難しいらしく、みんな頭を抱えていました。
ところが、本翻訳書は本当に分かりやすい名訳でした。リップマン独特の長い文も、読者が咀嚼できるように、適宜、短く切って、いくつかの短文に分けて訳してくれているので、すいすい頭に入ってきます。これは、おそらく原文を読んでいるアメリカ人読者よりも、日本語の訳文を読んでいる日本人読者の方がはるかによく理解しているのではないかと思います。
私もおかげさまで、無事単位が取れました。この本の訳者にはお礼の言葉がありません。
ただし、巻末の訳者による解説に、他の岩波文庫の本と違って、内容の要約が出ていないのは、ちょっと残念でした。概して古典の場合は内容が難しいし、言い方もまわりくどいので、要約があれば、事前に読んで全体のイメージがつかめて重宝します。また、大学の授業などで岩波文庫をテキストにしている場合なども、要約があれば、テストの準備に役立ちますものね。(次の改訂版では、ぜひ要約をつけていただきたいです。)
メディアにおける「バカの壁」
(2005-01-05)
まず、わかりやすい。これは特筆すべきことだ。メディアや政治を扱う本にありがちなまわりくどさ、例えになっていない例え、自己満足の論調、難解さは全く無い。けしてくだけた調子で書いているわけではないのだが、無駄も余計なレトリックも排した文章は充分なユーモアと親しみとに満ちている。掛川氏の訳文のリズムは、原文の雰囲気を反映した素晴らしいものだと思える。
情報化社会での不可避的な「情報処理」の方法、つまりステレオタイプの仕組みを説明するくだりは、あらゆるクリエイター、文章表現だけにとどまらず、映像でも洋服でもなにもかもだ。。。何かを世の中に発信することを職とする人間は必読であると思う。
当時、1920年の主流メディアといえば新聞であったかもしれないが、現在において「メディア」という言葉のカバーする幅はとてつもなく広い。ひとつのステレオタイプを製造、もしくはさらに飾り立てる可能性を有する者として、自分が「情報」というかたちのない存在に対して何を行おうとしているのか、それを認識することは必須であろう。
また、そのステレオタイプの不可避性を見つめながらも、理想的になりすぎず、また諦念に流されるわけでもない真摯に理性的な答えを模索していく姿には、この本の奥底に流れる静かな情熱を感じる。チョムスキーによって「観客形民主主義を提唱した」と批判されたこともある本書だが、決して彼はエリートによる支配形の社会をチョムスキーの論じるかたちで望んでいたわけではないだろうと思う。
リップマンの理想とした情報の流通形態、そして社会の仕組みに賛否はあれども、彼がその意見を持つにあたって基本とした「情報社会の枠組み」とそこに生きる「人間の本質」に関する繊細な観察は、100年近く立った今でも充分に通用する。まさに現代の核となる部分を突いた、必読の書。




